Vol.10【難病・脊髄小脳変性症】引っ越しました

こんばんは。ぶれいめんです。

本日10月3日(日)はコロナワクチン接種(1回目)に行ってきました。大阪市の集団接種で会場は心斎橋、ワクチンは武田/モデルナ社のものです。

このブログを書いている今現在、接種から5時間程度経過していますが、接種した腕に少し違和感あるかな~くらいでそれ以外は何ともありません。ただ、接種翌日~数日後に痛みや痒み、発疹が出る方も少なくないようなので(いわゆるモデルナアーム)、引続き注意しながら過ごしたいと思います。ちなみに、ワクチン接種明けの明日は特別休暇で仕事は休みです\(-o-)/

それにしてもイヤになるくらい暑い🥵!。先ほどまで外出してましたが、会場に着くまで汗だらだら(迷って遠回りしたせいもあり💦)。大阪は31℃あったようです。朝晩は冷房いらずですが、日中との気温差はやっぱり辛い。体調崩し気味の自分は、相変わらず咳が止まりません。しばらくはこんな天気が続きそうなので、皆さんも体調にはお気を付けください。

 

さて、今回は、自分の生活に関すること。「引っ越した」ことについて話そうと思います。

今までに何回くらい引っ越したんだろう?と思って、数えてみました。こんな感じです。

✔ 埼玉県内 ・・・ 3回
✔ 東京都内 ・・・ 1回
✔ 千葉県内 ・・・ 1回
✔ 大阪府内 ・・・ 2回

今までに合計7回。19歳~37歳までの18年間に7回だから、一ヶ所あたり平均2.5年住んだ計算。う~ん、若干多いかなという印象です。

✔埼玉県内

先ずは埼玉県内での引っ越しです。はじめての引っ越しは大学入学の時です。実家の静岡→埼玉にやってきました、その後、大学卒業までそのアパートに住んでいましたが、社会人になったことをきっかけに二度引っ越します(埼玉県内の同じ市内ですが…)。一度目の引っ越しはトラブルがらみで入居して一ヶ月程度ですぐ引っ越しました。二度目の引っ越し先には二年程度住んでいましたが、隣の部屋の火災という予期せぬアクシデントで引っ越しを余儀なくされます。

✔東京都内

引っ越し先は東京に決めました。会社から住宅手当が支給され始めたことをきっかけに、都内へ移り住みます。そこで三年程度生活していました。都内ということで、どこへ行くにもアクセスが良く、家賃は高めでしたが、非常に暮らしやすかったです。ただ、この時期は仕事が非常に忙しく、週6日勤務・海外出張など あちこち動き回っていました。

✔千葉県内

その後、千葉に移り住みます。理由は、会社から住宅手当が支給されなくなったこと(会社の規定で入社5年目までと決まっていました)、それまで、ずっと1Kのアパート住みだったので、もう少し広い場所に移りたいと思い、家賃と職場への通勤時間を考え、千葉に決めました。ただ、移り住んでから ほどなくして、大阪の今の会社へ転職をしますので、実質千葉に住んでいたのは一年程度。一番短かったです。

✔大阪府内

大阪へ移り住んだ(転職した)きっかけは、以前にも書いた通り、実家が静岡→奈良に移ったこと、父親の病状悪化が一因です。

大阪では、先ず江坂(吹田市)で生活を開始します。三年半程度住んでいました。職場は淀屋橋でしたので、通勤しやすく住み心地も悪くなかったです。またこの時期は、僕自身への病気の遺伝が判明した時期でもあり、通院先となる大阪大学病院にも近い場所にありました。

参照:Vol.3【難病・脊髄小脳変性症】病気と働き方について①

ただ、昨年11月に大阪市内へ引っ越しました。以前から度々実家に帰っていましたが、より帰りやすい大阪市内に引っ越すことを決めます。時期的にはコロナウイルス感染拡大の真っただ中でしたが、僕が引っ越した11月はちょうど感染拡大が落ち着いたタイミングで、引っ越すならこのタイミングしかない!と思って動きましたが、周囲も僕と同じことを考えていたようで、気に入った物件があってもなかなか押さえられず、決まるまでに四苦八苦していました。最終的には、家賃も下がり、部屋も広めの良い物件を見つけられました。

 

今回の引っ越しで今までと一番違うなと感した点は、「体に無理がききにくくなった」ということ。今までは引っ越しの一週間くらい前になって、一気に荷造りを開始し、当日を向かえていましたが、以前と同じ方法では体がついていかず(それでも何とか当日に間に合わせましたが)体への負担ががとても大きかったです。

すべて病気のせいとは思いません。コロナの時期でもあったので、たまたまその時体力が落ちていただけかもしれません。ただ、引っ越しだけに限らず、「以前と同じように出来なくなっている」ことが少しずつ増え始めています(歩行、喋り、筆記、視覚など)。これからは今まで以上にしっかりした計画を立てて、物事をこなす必要があると感じています。

あと、家族などの頼れる存在にはどんどん頼っていこうと思います。もちろん出来ることは自分でやるのが基本ですが、自分の体のことを考えると、これから家族に頼る部分もだんだんと増えてくると思いますので、病状が変化(進行)していくのをただ見ているだけではなく、自分自身もそれに合わせて変わっていかなければならないと思っています。

それでは今回はこのあたりで👋

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

“Vol.10【難病・脊髄小脳変性症】引っ越しました” への2件の返信

  1. ぶれいめんさんは強い志を思たですね。気持ちの整理はとても大変ですが、前向きに動かれていることが伝わってきます。お互いにこれからも頑張りましょうね。

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